サイトマップ サイトポリシー
NPO法人日本サスティナブル・コミュニティ・センター
メインメニュー
カレンダー
前月2019年 7月翌月
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
ニュース ニュース  
予定 予定  
ログイン
ユーザ名:

パスワード:


パスワード紛失

新規登録
掲載日時: 2001-12-12 16:30:00 (34948 アクセス)

京都研究会、ポスト研究会 2001年12月12日(水)SCCJ・愛きものにて

■テーマ THEミッション経営
講師    小野桂之介  慶應義塾大学大学院 経営管理研究科 教授

〈ミッション経営を提唱した経緯〉
 私は、長年生産管理や経営戦略を専門としてきたが、10年ほど前からミッション経営について考えはじめた。
 現代社会は物やサービスがあふれているのに、心がこもっていないものに囲まれ、豊かさを感じ取れない。驚くような残忍な事件が起きたり、政治家・警察・一流企業などにおいても倫理の荒廃が見られたりと、多くの問題が出てきている。これは思考の時空間が狭くなり、「自分の今」しか考えられない人が増えているせいではないだろうか。 
こうなった原因はゞ軌蕕笋靴弔韻諒壊、経済至上主義、8弔鰺洌気垢覯饉辧↓げ疆競争、ゥ好圈璽疋▲奪廚裡気弔考えられる。
,龍軌蕕箸靴弔韻蓮家庭と教育機関にしてもらうとして、それ以外の△らイ蓮経営者が意識することで変えていける。そのためには、|のためにどんな仕事をするのかというミッションを意識する、△澆鵑覆心をこめて仕事をするの、二つのことを実行すればいい。

〈企業は仕事を効率的にするための組織〉
 自分のために仕事をするという学生が多いが、仕事は人のためにするものであり、自分のためにするのは趣味である。一人前の社会人は人のために仕事をする。分業社会では、人から恩恵をうけているのだから、自分も人の役に立つ仕事をしなければならない。
 企業は仕事をするための効率的な組織と捉えたい。企業が一番大事にしなければならないのは顧客で、次に従業員、地域社会、最後に株主だ。

〈交互交流〉
◆ミッションの作り方、中身や長さや表現方法を調べたところ、ここ20年間でどんどん長くなってきている。作った理念をどのように浸透させ理解させるか、業績評価をどうするかも難しい問題だ。
◆ミッション経営は、CIとは違う面から見ているだけで同じことといえる。
◆経営者が変わるのが一番効率かいいが、従業員でも、できることはある。いい仕事をすることで、その影響を自分のまわりに与えていける。
◆サラリーマン経営者はミッションベクトルが組織内部にばかり向き、本来の仕事の使命を忘れてしまいがちになる。その点、オーナー経営者は、自分の価値観で動くため、ミッション経営を受け入れやすいようだ。
◆コーディネーターがいるだけで、みんながフラットだと一人一人の個性がいきる。それゆえ、ミッション経営としては理想的な形だ。

※会員専用ページでは、より詳細なレポートをご覧いただけます。


掲載日時: 2001-10-24 16:25:00 (36916 アクセス)

テーマ  「街中無線インターネットの時代がやってくる」

講師    真野 浩 氏 (ルート株式会社 代表取締役社長)
      築地 達郎氏(報道ネットワーク/京都経済新聞社 社長)

真野 浩 氏

 私たちはもともとルート蠅箸いμ祇機を作るメーカーであったが、今年MIS(モバイルインターネットサービス)という会社を設立し、無線によるネットワークに取り組んでいる。ルート蠅蓮93年エンジニア3人のガレージ企業である。ワイヤレスという技術はまさにこの状況にマッチしたものである。無線とは補完技術であるイメージだが、「どこでも・誰でも・いつでも」を実現する一つのテクノロジーなのである。

 インターネットがもたらしたコミュニケーション変化とは、従来の集中管理型から、自立(律)分散型への変化である。自立分散型社会を作るためには、個人・社会が個を持った大人であり、個々の資質は異なるものであるという、互いの違いを許容する・尊重するルールがあり、その上で共存のためのインフラとルールを作っていこうとしているのである。
無線を使うとどんなことができるのか…。私たちは自営通信網を進めている。今、全国で7000箇所が、自分たちで無線機を買ってきてつなぐ自営網を行っている。光通信といった特定の技術だけでは、このような地域情報化は行えない。公共の場所やいろいろな所で、ブロードバンドを早く安く行おうとすれば、無線が最適である。

 Gatewayについて、常時接続とブロードバンドを混同している人がいるが、インターネット接続の利用の仕方が全く変わる。つなぐことが目的の時代はもう終わり、使うという時代に代わるべきである。家庭の中の情報機器は必ずしもパソコンだけではないから、non pcのアプリケーションをどうやって増やしていくかが課題となる。

 ブロードバンド時代に求められるサービスは、ビデオオンデマンドではなく、情報の共有のために、見たかったものを見ることのできるサービスである。体重計や血圧計が、自動的にその情報を医者に送り、必要があればVoIPで電話してきてくれるといったサービスである。すなわち、常時接続であれば、端末で自立したサービスを出すことが可能となってくる。

 家の中から外へ出るための問題は、モバイルである。最終的に、無線は有線系の題材の補完技術としてだけではなく、モビリティのサービス「いつでも、どこでも、誰でも使えるインターネット」を可能にする技術である。事業として進めるためには、顧客の認証技術が必要であり、専門家と議論をしながら、事業として立ち上げたのが、MIS(モバイルインターネットサービス)という会社である。この会社で「街角インターネット」を進めている。

 MISは今年4月に設立した。そして、7月6日には第一種電気通信事業者の資格を取得した。MISはテクノロジーやアーキテクチャーやポリシーとは関係なく、インターネットを用いて、通信や放送、電話に限らずすべてを実現しようという会社である。
この会社は、全国30万箇所程度に基地局を設置し(計画)、その通行権だけを異種プロバイダに売る。顧客がどこか基地局まで来ると、認証後、インターネットにつなぐ。あとの固定ケーブルは他の一種キャリアから借りる。これは分散された基地局が、それぞれインターネットにつながってさえいればいいからである。運用コストがかかるので、認証サーバは必要である。完全なオープンモデルでコラボレーションするもので、これは有線系ネットワークとの最大の違いである。有線系ではサービスの付加価値競争が起こり、サプライヤーの差別化ができるが、無線では、囲い込みをして他のサービスとバンドルすることはあってはならない。私たちは希望される箇所には細かく全部基地局を置き、ユニバーサルを目指すが、自分たちで全部できないところはすべてのキャリアの中からいいところを選んで作り上げていくものである。

 MISはクライアントソフトウェアをすべてオープンソースでばら撒き、アクセスロケーションも置きたい所すべてに設置し、自治体から要請があれば技術を提供する。徹底的に自分たちの範囲を狭める代わりに、同じ仕組みを共有してもらうことでユニバーサルに展開していこうというものである。プライバシーとセキュリティの確保については一人ひとりの客に別々の鍵を渡し、しかもその鍵は時々刻々変更されていく新しい技術を導入している。これは非常に安全である。また技術的には時速60劼念榮阿靴討癲▲皀丱ぅIPでシームレスに途切れることなく、ハンドオーバーできるものである。

 
 デジタル時代のコミュニケーション技術は、情報を蓄えて何度でもすばやく(人間が認識できないほどのスピードで)再送可能なものであり、品質を長期にわたって管理する必要はない。インターネットはend to endでちゃんとつながる保証はないが、「何度でも高速の再送」が可能なので、世界中をあっという間に網羅したのである。
次世代携帯電話とモバイルインターネットの大きな違いはその基盤にある。インターネットはコスト定額制であり、定額課金ではない。インターネットの本質は安くて速いものなのである。
無線のホットスポット(基地局)については、公衆電話BOXのように駅でもどこでも使えるものを考えなければならない。その中立性を出すため、モバイルブロードバンド協会を設立し、現在40社ほどが参加している。隣の韓国でもMIS KOREAが設立された。モバイルの認証は一瞬にしてできる。だから、基地局があれば、PCを開いた瞬間インターネットにつながっており、Webを開いてログインする必要がなく、「接続」を意識することもない。今、東京の三軒茶屋・福岡の天神では実際にこのサービスが可能であり、今後、青山やマルビル、アーク森ビルなどでも始められる予定である。

 最近のシンポジウムの中で、地域の情報化について「行政が何もわかっていない」といった不満が聞かれることもあるが、それはその地域に必要なサービスを考えていないから起こるのである。光幹線網は通っていてもアクセスできないのは、融合型の技術が必要だからである。人材がいないのであれば、光ファイバ整備事業の予算の中に物を買うだけではなく、高校や高専で技術者を教育する予算を使うべきである。


築地 達郎氏

 日本で最も読まれている経済紙である日本経済新聞は、実は明確なコンセプトを持ったローカル紙である。東京の丸の内・大手町・霞ヶ関・兜町からの情報を、その中にいる人たちに知らせるための新聞である。その証拠に、94年頃に「マルチメディア革命」という連載を担当した時には、日本のインターネット普及が始まった渋谷あたりには取材網がなく、ゼロから構築しなければならないという状況であった。究極のローカル紙を全国の人々がありがたがって読んできたのが戦後日本の姿だった。
 現代日本社会の構造は、明治維新に活躍した人々が、列強からの外圧に対抗するために考えたシステムである。その延長線上に昭和初期の軍国主義があった。現代の新聞業界は太平洋戦争に突入して1年後の1942年、新聞統制令によって50社に絞られた構造をそのまま受け継いでいる。テレビ局もその傘下にある。今も昔も「大本営発表」を津々浦々に同時に伝達する仕組みとして機能してきた。
 寡占構造に慣れてきた業界においては一般に、投資が過剰になる傾向がある。「読者ニーズ」があるからではなく、ライバル社との競争が投資の意思決定の尺度になりがちだからだ。その結果、設備・人材が大量に滞留し不良資産となり、経営を凍りつかせている状況である。
 そうした中、京都経済新聞社が蓄積してきた新しい新聞ビジネスモデルに業界内で注目が集まっている。
 本社が追求しているのは、従来の製造業的な新聞ビジネスモデルから知識融合型のビジネスモデルに転換することである。新聞社は知識融合の場に変身することによって新たな可能性を手にすることができる。その実験の場が京都経済新聞社である。

〈JAMPS2001シナリオ企画の内容〉
 場面設定は2005年夏のある中堅新聞社。一階にあるe-News caféである。Caféの中心には編集長がいる。その周りには編集者がいて、さらに記者それぞれが思い思いの場所に陣取って、一般市民とコミュニケートしている。現状、新聞社では縦の流れ作業で編集が行われるので、編集者という人間はいない。他のメディアでは重要なこの編集者の欠如が新聞社の最大の問題である。
人物設定は、高いマーケットセンスを持っている編集長、元マーケッターである編集者、経験豊かで地域のNPOにも属しているような記者である。
必要な道具としてe編集者端末というものを想像しているが、これは実際5年以内に実現が期待される。ブロードバンドによるIPテレビ電話機能、高度情報検索システム、原稿管理システム、読者とのコミュニティサイトが備わっており、記者がいつでもどこでも縦横に情報を集め、歴史感覚を支えるための過去記事検索システムを利用できるものである。これにより記者はカリスマ性を持って、プレゼンテーションも行える能力を身に付けることができるのである。

 e編集長支援システムとして、細かい広告需要に応じて1000部単位で版を切り替える発送管理システムを考えた。現在朝日新聞で30万部、日経で50万部より小さく出すことはできない広告を1000部単位で実現できれば、聖教新聞のように収益率の高い構造を電子的にいかに構築するかである。また地域でリアルタイムに起こっていることを歴史的に判断して伝える事が必要であるが、このためには営業スタッフと戦略を共有できるマーケティング部門への資本投下が必要である。

 京都では人口1000人あたりの新聞記者の数が0.25人である。日本の平均は0.4人である。帯広では十勝毎日新聞社というコミュニティペーパーがあり、人口60万人13万世帯の十勝で8万部発行している近代的な経営の新聞社である。全記事署名入りを実現したクオリティペーパーとして有名で、十勝の記事を世界の中で位置付ける編集活動をしており、十勝の記者の数は1000人あたり2人と京都の10倍である。儲かる堅実経営をしていれば、優秀な人材を雇える。コミュニティメディアが充実している帯広のように、京都でもジャーナリストを一人でも多く雇えるような世の中になるよう、努力をしていきたいと思っている。


掲載日時: 2001-9-29 16:23:00 (33999 アクセス)

■テーマ「京都発NEW ENERGYと持続型社会」
講師 上林 匡(新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)
新エネルギー導入促進部長)
   藤川 賢治 (京都大学大学院情報学研究科知能情報学専攻 助手) 

儀从兒唆半・NEDO職員 神林さん
「持続型社会」という言葉が最初に使われたのは、10年前のリオデジャネイロでの環境サミットで、子や孫の代まで人間が幸せに暮らせるように地球環境を大切に守っていく社会という意味である。


[新エネルギーについて]
 新エネルギーは「持続型社会」のメインテーマである。京都議定書では地球温暖化防止・気候変動防止の枠組みが取り決められた。CO2排出量を2010年に1990年レベルの6%削減というものである。現在エネルギー供給全体の1%である新エネルギーを2010年には3%にすることが京都議定書を守るための絶対条件である。
 京都では、市民からの寄付による太陽光発電設備や、小中学校での環境教育、バイオマスなどの先進的取り組みがされており、すばらしいことである。
 新エネルギーは環境に優しいというシンボル的に取り入れられてきたが、本当のエネルギー源として取り入れるべき時代になってきた。木質バイオマスは、山をエネルギー源として人間のために活用することで林業が復活し、森林が守られるのである。
 最近の新エネルギーをめぐる状況は、〇毀臼親悪企業の取り組みC名人によるキャンペーン活動、という社会をかえていく雰囲気が出てきている。京都議定書を実行していくための市民の議論が高まってきているということである。
[持続型社会(すべての人が将来にわたって幸せに暮らせる社会)について]
 現在の[循環型社会]の基本はリサイクルであるが、高度成長社会が作り出した大量生産・大量消費構造は、無理やり消費を作り出すという問題を生み出している。
 現代社会の不安定要素のひとつが自殺の増加である。現在年32000人ぐらい(人口10万人あたり26人)の自殺者がおり、戦後3回目で最高のピークである。50代以上の中高年が圧倒的に多く、うつ病など精神障害も増えており、職場環境の変化や不況、成果主義、所得の格差といった社会への不安要因からストレスを感じているのが原因であるが、「持続型社会」ではこういう人々を減らさなければいけない。
 今企業では常勤雇用から非常勤雇用の割合が増えている。企業にとっては人件費を減らす効果があるが、その結果社会不安を作り出している。
情報は、システムの整備にあわせて、人々を幸せにする為の中身が大切である。例えば[電子カルテ]はこれからの家庭介護において重要な手段となる。
 現代社会の不安定要素には個別の対処療法ではなく、社会全体の仕組みをみんなが幸せになる方向へ変えていかなければ効果が無い。「持続可能型社会」において企業の存在意義は社会を構築するツールである。「ワークシェアリング」は、企業にとってはコストがかかるので、今後の社会全体の取り組みとして常勤雇用者の賃金は下げるべきである。
 京都の生活文化は基本的に質素で慎ましやかなものであったが、質素を感じさせない工夫があり、洗練された文化である。幾度の革命・改革の舞台となった中で構築された質素な京都文化は、「持続型社会」そのものである。京都の今後の課題は、人口の57~58%が集中する京都市と、府との重複行政の融合にある。

教都大学院 藤川賢治さん
[インターネットについて]
1. インターネットとはネットワークをつなぐ技術である.
2. インターネットの優れた点 
端末と端末でデータ転送でき、非常に単純なデータ通信ネットワークである。またどんなアプリケーションでも自由に開発できる。
3. 電話網との比較
軍事技術⇒学術⇒民間ネットワークと進化。数多くのinternet service providerがある。交換装置はルータで電話交換機に比べ、安価・低機能、端末はパソコン・ゲーム機・専用端末で高価・高機能である。今後は唯一無二のネットワークとなる。
4. NTTのISDN戦略の謎
Integrated Services Digital Network は過去の技術であり低速・高価格である。ADSLより高価で特殊な装置が必要なのに世界でもNTTだけが推進している。
5. インターネットの接続の仕方
パソコン・ゲーム機・無線携帯端末をどんな方法でも良いから既にインターネットに接続されているルータに接続する。今後はケーブルモデム、ADSL、FTTHが普及しパソコンを使うケースの方が少なくなっていくであろう。
 8.家庭への普及率
   インターネットは米国発祥であり、米国民はコンピュータに慣れており電話料金が安いため米国は40%普及しているが、日本は20%台である。
 9.ビジネスへの普及率、
   米国ではインターネットを利用しないとビジネスチャンスを逸すため普及しているが、日本ではインターネット利用料金が高すぎるためまだまだである。(米国では月5000円、日本では月30000円ほど)
10.今後データ転送速度が劇的に向上し、動画もTV品質並に送れるようになるであろう。
11.ADSL(Asymetric Digital Subscriber Line)
既存の電話回線を用いて512kbps~8Mbpsの高速データ伝送を行い、電話・ISDN交換機を通さずルータに直接接続するため電話料金がかからない。
 12.FTTH(Fiber To The Home)
家庭に光ファイバを引くこと。問題はファイバを引くコストだけで、機器コストはADSLとそれほど変わらない。
 13.日本で高速インターネットが普及しない理由
NTTが独占しており、総務省・公正取引委員会がその独占を排除しないため。あらゆる通信設備を技術的に可能な限り要素単位で適正価格で卸売りすることをNTTに義務付け(銅線だけでも卸価格で貸す)、1996年米国の通信法をまねれば解決する。
 14.今後のインターネット
  確実にさらに家庭・職場へ浸透し、電話網を凌駕する社会基盤となる。高速化、帯域保証、マルチキャストがすすむ。
 15.インターネット電話TAの必要性
  ISDNでもTAによって電話が使え、その普及にパソコンが必須ではない。長距離・国際インターネット電話の場合、途中経路だけ既存の長距離国際電話網を利用すれば品質も上がる。本命はインターネット上でのQoS技術の完成である。
 16.携帯インターネット電話の構想
  安い携帯電話の需要は大きく、携帯電話でメールを利用する人が増加している。携帯インターネット電話を作ればすべてのサービスが低料金(ほぼ定額)で提供できる。4000万人の携帯電話加入者と、300万人のISDN加入者が移行するであろう。

[MIS(モバイルインターネットサービス)事業計画]
1.事業概要
モバイルインターネットサービスにおけるシステムアーキテクチャーの構築
2.事業スキーム
電柱に無線ルータを設置して付近を通るユーザの持っている端末に、他のISP(インターネットサービスプロバイダ)からバルクを借りてインターネットを配信
3.アライアンススキーム
コンテンツは提供せずに接続のサービスのみ行う
4.他のサービスとの差別化
11MBPSの定額制インターネットの提供
5.テクノロジー
世界初、屋外移動可能なハンドオーバー性能と確かなユーザ認識、セキュリティを兼ね備えた街角無線インターネット技術の確立
6.プライバシーとセキュリティの確保
 一般的な無線LANではサービスに加入しているもの同士で鍵を共有しているが、MISでは個人個人鍵を持ち日々更新して安全を確保
7.事業展開
 ノートパソコン⇒無線携帯端末⇒携帯電話など
8.ホットスポットサービス
 ホテルのロビーなど人が集まる場所にルータを設置、ノートパソコンをおいてサービスを行う。(コストリスク0でインターネットカフェの実現)
9.実証実験を2001年3月から4月にかけて福岡で実施、東京三軒茶屋でも実験中。
[QoSマルチキャストルータを用いた高信頼ストリーム配信実験]
 サーバー15台から中継ルータ2台を通じてインターネット全体に同時に180チャネル配信できるものである。他のパケットの影響を受けずに受信することができる。資金はNEDOから出ている。


[講評]
神林さん:「持続型社会」の実現には倫理に頼るだけでなく、消費者の行動と社会制度の規制が必要である。企業の社会貢献はある種の犠牲を伴うものであり、いろいろな人に出会い、話をきくコラボレーションは重要である。
藤川さん:「ワークシェアリング」によって賃金が下がっても「IT革命」によって通信費がゼロになれば、生活しやすい社会=「持続型社会」につながる。
SCCJ代表:このような機会をシーズとニーズのコラボレーションと捉え、テレビのチャンネルが自由に選択できるように、環境問題についても公開された情報を個人がどう判断できるかということが大切ではないか。京都から新しい国づくりを発信していこう。


掲載日時: 2001-9-8 16:19:00 (32875 アクセス)

■テーマ:「文化と経済の循環サイクルを探る」

講師  琵琶湖ホール 上原 

<「琵琶湖ホール」建設の経過>
滋賀県は1972年文化の幹線計画を立てた。図書館・美術館・博物館・文化芸術会館を琵琶湖の周りに造ろうというもので、「琵琶湖ホール」という名前ではなかったが、県民文化会館の建設もその計画の中にあった。滋賀県は京都に都ができてから1000年以上、人・物・食品を出す「京の台所」の役目を果たしてきたという歴史的背景がある。
 滋賀県では百貨店・ホテル・映画館といった「都市的文化装置」が無く、「都市的文化装置」について「行政需要」があった。その中で一番難しかったのがホールの建設で、’86年から6年間検討し、やっと四面舞台のあるオペラホールを造るという構想が固まった。デザインコンテの提案から、実際に着工するまで国内最高の人材に専門委員として加わってもらい、3年間議論をした。この土地は元々琵琶湖を埋め立てて公園にする計画であったのを、少し埋め立て部分を膨らませてホールの敷地としたもので、建築に3年かかり’98年9月5日開館、ちょうど3年経った。

<「琵琶湖ホール」の目指すもの>
「琵琶湖ホール」には3つのホールがある。オープニングの年にボローニャ歌劇場の引越し公演を行ったおかげで、すばらしい音響、すばらしい環境だという評判はたちまちイタリアだけでなくヨーロッパ各地でも知られ、関西でやるなら是非「琵琶湖ホール」でと言われるようになった。カラヤンさんは「良い演奏には3つのA{Atmosphere(環境)Acoustic(音響)Artist(演じる者)}が必要だ」と言ったが、「琵琶湖ホール」にはもうひとつのA=Audience(聴衆)が必要である。
ホールは何を作り、何を提案していくのかが使命で、建物ができて始まるものだ。「琵琶湖ホール」は、芸術監督に若杉ひろしさん、そのほか、演劇・商業企画のプロデューサーと、物によって持つことのできない知恵を外部からお借りし、さらに少人数だが声楽アンサンブルを抱え、すばらしい技術スタッフがいて、日本最高のクルーだと言われている。滋賀県の観客は大変すばらしいが、それは経済的・文化的な豊かさが背景にある。東京から来られた図書館長の前川つねおさんは、「文化とは需要があって供給するものではない。供給があって初めて、需要が創造されるものである」と言われたが、文化だけでなく食もそうで、いいものをどんどんっていけば、食う能力は誰にでもある。やる方は大変だが、見るほうはすぐに上達してすばらしい観客になる。

<公共ホールの役割>
 公共ホールは税金を遣って運営される。「琵琶湖ホール」では平成12年度18億円使っており、事業収入は3億円弱、一般財源から10数億円出ている。これだけのお金を使って、民間でできないもの、営業ベースでできないものをするのが、公共ホールの役割である。海外の歌劇場は税金や企業メセナで運営されているが、日本ではそういった芸術を支える仕組みが確立されていないことが問題点である。

<公共ホールの目指すところ>
芸術は生きる力になる。若い人たちにいいものを見てもらうためには税金の力が必要である。そして、今の若い人たちには精神力を鍛える、心を支えるもの「芸術」が必要である。芸術はまた年寄りにも生きる力になる。ホールの近くに住み、観劇を楽しみに日々を元気に送ることができる、これらは時代の変化でもある。芸術はまた、ソフト産業の先端技術面を担うものである。産業を担っている人、先端技術を担っている人にこそ、世界の現在に触れてほしい。

<地域の活性化>
 瀬田は元々畑であったところに龍谷大学の誘致に成功した。立命館大学も移転し、文化教育ゾーンに変化したことで民間も次々と出店し、集積による活性化がおこった。ここ「琵琶湖ホール」の近くでも、パルコの客層が今までの若者中心から年配までに広がり、琵琶湖ホテルも移築され、ますますの集積を目指している。

<滋賀県の付加価値を高める>
 古くから「京都の台所」といわれ、少し前までは「近畿のチベット」とも言われていたが、今では都市文化装置の集積により付加価値が高まり、人々の意識は変化した。この集積により消えたものがあることも事実で、すべて良いとはいえないが、少なくとも現代を生きるわれわれに必要なものができたことは良いといえる。 シドニーにオペラハウスがあるように、滋賀県の観光パンフレットには「琵琶湖ホール」が必ず載っているように、「ホール」の催事が、歳時記のように地元の生活に盛り込まれていくように、プログラムを心がけている。


掲載日時: 2001-7-13 16:16:00 (36141 アクセス)

2001年7月13日 エコミュニティ研究会 SCCJ公開リポート 

■ テーマ  ネット上での協業、会社運営とは
「Y’s  STAFF」に学ぶ
講師 「Y’s STAFF」代表 田澤 由利

<Y’s STAFF設立までの経緯>
大学ではコンピュータとは無縁だった。ところが、おじからもらったパソコンの、ソフトを入れ替えたら別のことができてしまうところに引き付けられて、コンピュータメーカーに就職を希望した。実家のある奈良にUターン就職という形で、シャープ株式会社のパソコンの企画をする部門に入った。天職だと思い、地元の奈良で仕事をして、育児休暇もいただき、平和に人生を送ろうと思っていた。
しかし、結婚したいと思った相手は生命保険会社の人だった。生命保険は転勤が多く、こういう人と結婚して2、3年おきに全国を転々とするとなると、どうしても定職には就けないだろうと考え、かなり悩んだ。しかし、仕事はやる気さえあればできるのではないか、結婚相手はそんなにはいないだろうという判断から、結婚を決意した。案の定、結婚式2ヶ月前に、仙台への転勤を言い渡された。結局、半年間は仙台と奈良で別居し、その後、仙台にあるシャープの子会社であるコンピュータ販売会社へ出向できた。おかげで何とか仕事は続けられた。
 ところが、妊娠6ヶ月くらいの時に切迫流産で入院し、主人の転勤という状況に陥った。会社には勤めたかったし、仕事をしたかった。シャープという会社も非常に好きだった。この時は夫に付いていくのが大前提だったので、泣く泣く退職という道を選んだ。

会社を辞めた途端、自分は社会から取り残されてしまった。
今から9年くらい前のことだ。長女を妊娠中だったが、何とか仕事がしたかった。地方にいても、お腹が大きくても、子供を生んでも、育てていても、ずっと一生できる仕事というのはないだろうかと考えた。当時はパソコン通信のメールが普及してきたところだから、地方でも書く仕事ならできる。ライターになろうと決意した。編集経験もなく、もうすぐ出産する、東京にも行けないという状況で。今思うと非常に無謀だったと思うが、何とか仕事がしたいという思いが強く、毎日のように、出版社や知り合いに企画書や履歴書を送っていた。すると、新しいパソコン雑誌を出すというある出版社の編集長がライターを探しているのを聞きつけた。「いい企画があれば考えても良い」と言われ、毎日また企画を考え、提出し続けた。すると「これ面白いかもしれないね」と反応があった。その矢先に今度は妊娠9ヶ月の時に、切迫早産で入院せざるを得なくなった。今ここで入院したら、絶対仕事は来ないと思った。病院のベッドの横に電話があったので、編集長に「電話番号が変わります」と言った。入院して3、4日目に編集長から「連載が決まったのでお願いしたい」と直接電話があった。初めて仕事をもらったのが病院のベッドの上だったという、ライターとしては大変なスタートを切った。そして、岡山から名古屋への4回目の転勤。その後次女の出産。赤ん坊が泣く中、自分のホームページを作ったり、多い時で1年に3、4冊の本の出版をした。自分としては一生懸命がんばってやってきた。
 
名古屋には4年ほどいたので、仕事がうまく流れていたが、ある日、主人から北見市へ転勤が決まったと電話があった。北見市とは、北海道のオホーツク海側、網走の左下の方で観光地とは離れている。人口11万人くらいの、オホーツク地方では一番の商業地域だ。今までは名古屋だったので、何とか東京へ出て出版社まで行けたが、北見に行っては仕事も来ないだろう。さすがにライターとしての仕事も終わりかなと思った。
ところが面白いもので、当時インターネットが普及し始めていて、SOHOとか在宅ワークにスポットが当たりだした。つまり「名古屋でライターをしている田澤さん」よりも「北海道の北見で子供が3人いて仕事をしている田澤さん」の方が、商品価値が高かった。雑誌やテレビ、新聞の取材、講演依頼が増えてきた。地方で子どもがいてもインターネットを使って仕事をしているということがもてはやされた時期だった。
結婚、出産、夫の転勤、親の介護などいろいろな理由で会社に勤めることができなかった女性がたくさんいる中で、私のような記事が出ると、「そんなに北にいて子どもが3人いてもできるのなら、東京にいて子どもが2人の私にだってできるじゃないか」と夢を与えてしまった。「どうしたら田澤さんみたいに仕事が得られるのですか」と質問がたくさん舞い込んできて、その答えに詰まってしまった。何とかその答えを出したかった。どうにかして、SOHOでも、在宅ワークでも、電脳内職と言われる仕事ではなくて、やりがいがあってお金が稼げるバックスタイルはできないのかと考え始めた。
 
<Y’s STAFF設立>
どうしたらSOHOでも仕事ができるのかと考えた時、まず、実際の社会を考えてみた。自分で営業も商売も全部できる自営業。大きな会社に属して、複数の人間で協力し合いながら、仕事ができる会社員。そして、自分の好きな時間を使って、好きな働き方ができる、かなり自由度の高い、でも多分収入は低くなるであろうアルバイターやフリーターなどである。
ところが、ネット上では、デザインやプログラミングができる、またはコネがあるなど自分で全てができる自営業に当たるプロフェッショナルSOHOと名付けられた人たちがいる。そして、今回のSOHOブームでアルバイトとして在宅ワークをしたいと思う人たちがいる。
しかし、何らかの理由により会社を辞めた人たち、例えば、商品開発の企画部で活躍していたAさんがネット上で仕事をしようと思っても、企画は1人でプロフェッショナルにできる仕事ではないのである。といって、データ入力やテープライターなどでは自分の持っているノウハウや技術が活かせない。つまりAさんの働く部分がないのがネット上の現状である。そこでネット上でも、みんなが力を合わせて、1つの仕事をやっていく会社のようなものがあれば、やりがいある仕事が発生するのではないかと考えをまとめたのである。
「チームSOHO」というのは私の造語である。みんなが会社に通って、1つのオフィスで仕事をするのと同じような感覚や意識で、一緒に仕事ができる環境をネット上に作る。このコンセプトをホームページで提案した。しかし、提案するだけでは納得してもらえない。自分でビジネスとして成り立つことを証明しないと意味がない。とにかく形を作って証明するということが大切だと思い、3年前に有限会社を設立した。
 
この「有限会社 ワイズスタッフ」(Y’s STAFF)のYは田澤由利の由利のYと、英語の賢明なという意味のワイズをネット上で能力のある人を活かしたいという意味を込めて付けた。本社は奈良県生駒市。当時は北見に住んでいたが、転勤があっても確実に動かない実家に本社を置いた。資本金は最低限の300万円。売上は最初の半期で1,000万円。1999年度が5,600万円。3月末で締めた2000年度が9,600万円を出すことができた。
 
<Y’s STAFFの現状>
設立当時の社員は私1人で、社宅のサンルームにパソコンを1台置いて始めた。今は社員が4名に増え、契約スタッフも当時は20名弱だったのが50名位になっている。実際には社員ではないのだが、「ネットメンバー」といって、ネット上で社員のような意識をもって働く仲間がいる。9割以上が女性である。基本コンセプトとしては請け負ったすべての業務をネット上でする。ネットワークがオフィスということをみんなで実践したいと考えている。
下請けはしない。できる限り、直接仕事をもらい、要望をしっかり受け取り、フットワーク良く、やり取りする。「安かろう、悪かろう」のSOHOワーカーを作りたくないためにも頑張った結果、取引をいただいている。
 業務内容は、ネットコンテンツの企画、作成。これもタイミングよく、女性のホームページやサイトがここ1、2年流行った。メールマガジン、ニュースの編集。私はライティングが得意だったので、その方面に強くなった。そして、インターネット上でのマーケティングはやっていく上で学んだ。本を書いたりセミナーを開催したり、講演を業務のメインとしている。
 業務形態は、大きくなってくると、すべてをネット上で、また、私1人でやることができなくなり、ローカルなオフィスとの共同運営も必要だとわかってきた。普通の会社で言えば、総務部にあたる北見オフィスをおき、物理的な業務を集中的に行っている。
50人のメンバーへの連絡網はメーリングリスト。そして、「プロジェクト」と呼ばれる仕事単位で、「○○会社のホームページ作成プロジェクト」というようにネット上に会議室を用意している。プロジェクト毎に、ネット上でみんながけんけんごうごう論議しあいながら、仕事をしている。
 ネットワークオフィスでは私が社長をしている。その下のプロジェクト推進部にマネージャーがいて、私が兼任している。その下にいろんなプロジェクトチームがあって、それぞれにチーフを置いていて、実際の作業スタッフがその下にいる。マネージャーから下の固まりを「ユニット」と呼ぶ。そして「ローカルオフィス」と呼ばれる北見オフィスのスタッフがネットメンバーを支える形態を取っている。
 私が兼任しているマネージャーはメンバー50人を見ている。今の50人という数は私がマネージャーをして行く中で、最大の数字である。スタッフを増やすにはマネージャーを増やしてユニットを増やす。このためにはユニットの運営方法を組織化、あるいはシステム化することが必要だ。
 
チームSOHOのメリットは、在庫や社員を抱えないために安全に経営できること。ネット上なのですべてのやりとりが記録される。だから、ちょっとしたミスがトラブルになった時に、ログを見れば一目瞭然である。また、複数の目が入ることで、質の高い仕事ができる。そして、それぞれ住んでいる所も前職も全然違うメンバーを構成することにより、いろんな仕事ができる。普通の会社であれば、とてもそんな組み合わせでは仕事ができない。
 また、個人の仕事ができなかった人たちも、営業をしなくても、仕事を手に入れることができる。孤独感や不安感を感じずに仕事をすることができる。また、急なトラブルでもフォローし合える安心感がある。
そして、地方在住でも参加できる。
それから、経験、実力、自分のライフスタイルに合った働き方を自分で選ぶことができる。
 
デメリットは、人的要素が仕事の全体の質に影響しやすい。ネットで仕事をすることは、とてもナーバスで、不安定なことである。目に見えない相手のことをコントロールするには、適性が必要である。その人の意志を見極めてやっていかないと、絶対に品質にも関わってくるし、全体の和も崩れる。そのために、それだけお金と時間と体力をかけてまでも、人を選んでいる。私自身もネットで協力し合ってやるということが、いかに難しいか、いかに人の素質によるかを体験した。だからこそ、採用することを狭き門にして、人を選んで参加させているのだ。
 
<Y’s STAFF今後の課題>
できる限り会社の実績を作って、コツコツ大きくして行きたい。営業活動を分散し、ローカルオフィスを置いて、遠隔でも雇用できる体制を作っていきたい。そして、ホームページを使った2次的な広報活動。テレビ会議システムやライブカメラの活用。仕事をしない幽霊メンバーの契約解除による人事面の強化。メンバーのメンタル管理。トラブルが起こったときのための相談窓口。福利厚生。愛社精神を培うことなど考えている。
 
このネットオフィスのおかげで、我々は今、一番住みたい所に一緒にみんなが暮らし、やりたい仕事ができて、非常に充実している。まだまだこれからの課題もあるし、とりあえず今のような形で会社を経営し、もっと会社を大きくしていきたいと思う。

<質疑応答>
○2年半ほどで年商1億円近くに膨れ上がるとどのような感じになるのか?
○田澤:昨年度はネットバブルでいろんな所がネットでお金を使おうと思っており、そのお金がうまく流れてきて年商1億円になったに過ぎないと考えている。そういう意味ではそれほど稼いでいるという意識はなく、自分に取れる仕事は精一杯取って、できる仕事は精一杯やったら収入が昇り調子になったというだけだと考えている。
○スタッフとの関係は?
○田澤:スタッフはSOHOワーカー、個人事業主という位置付け。業務形態としては、ネット上で社員のように皆で協力し合ってするという形態を取っている。契約という面で言うと、会社と個人の業務委託契約。仕事が入ってきた時に、個々に請負契約が発生するのではなく、最初に個別契約のことも書いてある1年更新の基本契約をしている。
○スタッフは自分で保険などに入っているのか?
○田澤:収入が多く、ご主人の扶養から抜ける方は保険も自分で掛けている。ただ将来は収入が安定すれば、コアの人たちは遠隔雇用にして、社会保険も掛けていきたいと思う。
○能力差をどう評価し、他の人にわかるようにしているのか?
○田澤:仕事を募集する時に「今度の仕事はメールマガジンの制作。1本発行につき、スタッフひとり当たりは幾らです」と明確に出している基準額がある。その上で、大変良くやってくれた人には、チーフ判断のレポートにより、「調整額」を付けている。ただこれはもっと人が増えてくるとできなくなるので、メンバーの中でのランク分け、メールマガジン゙1本作ると幾らといった価格付けの表を作成中である。
○大きくするのは共同体としてなのか、あるいは企業としてなのか?
○田澤:やってみなければわからないが、とりあえず今一つのユニットをきっちり固めてからもう一つ作る。イメージとしては「事業部制」だ。事業部制になってマネージャーを年俸制だとすると、ワンユニットでの業績によって、マネージャーの給料が変わる。皆が一緒にがんばれば、皆の給料も上がるとなっていけば、共同体でありつつ、ビジネスとして成り立つ可能性はある。
○1年毎にどの事業部に入るかを自分で決められというのは?
○田澤:考えたことがなかったが面白い。普通の事業部だと、奈良に住んでいるから奈良にだが、ネット上だと自分の申請で、全く別のユニットに変わることができる。普通なら退職するしかない時も、ネットならの柔軟性から、新規にやり直しがきく。
○ネット上での、コミュニケーションのノウハウの蓄積は?
○田澤:議論の手法は経験からである。最初のメンバー5人位が培ってきたものを次の人たちに受け継いでいる。新人をどう育てるのかと言うと、新人は仕事として参加するのでなくROM(Read Only Memory)として、希望する職種に読むだけに入り、みんながやっている流れを見て学んだ後、次のプロジェクトに参加する。その中で出来てきたスタイルが会社のノウハウの1つでもある。最初にお金をかけて決めたものではなく経験からできたものである。


« 1 2 3 (4) 5 6 7 »
copyright (c) SCCJ 2004-2005 All rights reserved.